July 2022
July 25, 2022
ミラノで楽しく新たな人生のスタート❤️
いやいやこちらも暑い日が続いております。
(写真左2枚:写真の真っ青な空からして暑さが皆さんに伝わるのでは?)
5月の終わり頃から暑さが続き、気温40度近い日もありますが、このファーマシーの電光掲示板の温度にはさすがにびっくり
(写真右)


たった180m先へのお引越しでしたが、家が変わったら人間関係も広がり、行動範囲も広がり、大分生活が変わりました。
新しいお友達もご近所さんも出来、楽しい新生活がスタートしました


その他はお店にもよります。ご近所のスーパーでは、店員さんもお客さんもマスク着用です。私は店内では常時、外では人混みではマスクを着用しています

今のお気に入りFFP2マスクのカラーはイエロー

しかし密を避ける要領が分かって来たので、最近では時と場所とお店を選び、注意をしながら時々外での軽食は楽しんでいます。その基本条件は、テラス席で周囲に人がいないことです

最近Mizkoのお気に入りのお店と食べ物は









写真右から2枚目:今一番気に入っている家の近くの緑の中のバー。大好きなジントニック、レモン&きゅうり入り
きゅうりの青臭さでちょっと大人の味になるので、この日は、「きゅうりはダブルで
」と注文



写真右から3枚目:ここのポークハンバーガーがお気に入り。柔らかいポークミート(そぎ切り
)をバーベキューソースで絡めてありますが、照り焼きソースのようで、これは日本人の口にぴったりでしょう
写真右から4枚目:お店の男性ともお友達になり、「これは僕からMizkoに」とスペシャルドリンクを作ってご馳走してくれました






普通のビールよりシュワシュワ感が強いので、喉越し最高。
またHefeweizenビールのグラスへの注ぎ方については改めてお知らせしますね。
新居の出入り口の左には有名ピッザリア、右手には人気カフェがあります。
このピッザリアのピッザを一口食べてびっくり。今までイタリアで食べたMizkoのピッザベスト3には入りますし、私にとってはミラノで食べたピッザで一番美味しい

本当のピッザの生地の美味しさは、ビッザの縁を食べて決まると私は思っているのですが、この縁がとても美味しいのです。それに絶妙なトマトのお味…たまりませ〜〜ん

今では週に一回は必ず食べていますが、飽きずに続けて食べられる美味しさなので、食べ過ぎないように自分をコントロールしています

どんなにお店が混んでいても、『ご近所様優待
』で素早く焼き上げてくれます。

人気店の為連日満席になり、まだまだ密の中で食事をする気はない為テイクアウトしています。
新居を出て右手のカフェは、時間を選べば密を避けてゆっくり飲めるので、入り浸り

そして暑い一日の最後には、新居の真新しいお風呂でミントバスに入りスッキリ
お供は大好きな象さん
(写真右)


July 10, 2022
魂の癒しの旅……あなたに逢いたくて❤️
日本もコロナ感染者の上昇、猛暑に台風、その上に安倍元総理銃殺事件には、海を越えて私も大変びっくりしました。政治思想は別として、世界のどなたとでも自然に交流できるお人柄をお持ちになる、日本を代表する人物を失い、とても残念です

また、あのような方の背後にそう簡単に近付ける状況に大変びっくりしました

こうした時こそ魂の癒しが必要です。Readerの皆さん、魂の癒しの旅をMizkoと是非ご一緒に

26ヶ月振りにミラノを離れ、Trentino(トレント地方)のchalet(シャレー)での滞在ではDolce far niente(何もしない至福)を満喫し、心身共に癒されました

しかしMizkoの旅はそれで終わりません

今回の旅の一番の目的である、「魂の癒し」を求めて、毎回ミラノに来ると必ずお祈りに行き、聖水を汲む巡礼地、Caravaggio(カラヴァッジョ)のSanta Maria del Fonte Sanctuary(サンタマリアデルフォンテサンクチュアリ)へ。
心底がっかりして帰ろうとしたところ、ここの関係者とも職人さんとも思えぬおじいちゃんが「No Entry(進入禁止)」と書かれた小さなドアから本堂に入って行くではありませんか〜〜〜
それについて行ったら、いつもガラスケースの中にいらっしゃるマリア様は、ガラスケースから出て、至近距離に立っていらっしゃいました

何度見てもお美しい。この再会を本当に心待ちしていました。
ガラスケースから出ていらしゃる時の空間に漂うオーラは言葉には表せません。
いつまでもそのお姿を眺めていたい。お側にいるだけで癒されます。
マリア様に守られる中でしばらくお昼寝したい

どなたも同じお気持ちなのでしょう。いつまでも眺めていられる方、気持ちよ〜くお昼寝されている方を以前お見掛けしました。
おじいちゃんのお導きのお陰でマリア様との再会が果たせました

「No Entry」とは、そこは出口だったからで、反対の小さな入口は開いていました。ほとんどの方がそれを見つけられず、諦めてお帰りになっていたので、本当におじいちゃんには感謝です

chalet(シャレー)にマリア様がいらしたのがとても心地良かったのでので、そうした場所を新居にも持とうかと。

それからはその近辺の小さな町を訪れました。
行くところ、行くところで、マリア様との出会いがありました。
ビールを飲んでいて見上げるとマリア様。
道に迷っていると正面にマリア様。
「は〜くしょん
」とくしゃみをすると横にマリア様。
写真を撮影仕切れないほどのマリア様との出会いがありました。
26ヶ月振りの旅は、心身、そして魂の癒しの旅でした

そしてミラノに戻りました。
戻った翌日には、タイミング良く”やっ〜と”洗濯機が届きました

ミラノも猛暑が続いて長くなるので(ある日は、夜8時に気温が39.5度でした)、なんだか慣れてしまいました
で、お引越しの荷物の片付けに追われる日々を送っています


July 03, 2022
また一つ年を重ねて…全ての「あなた」に心から感謝❤️
色々な国からのバースデーメッセージ、本当に有り難うございました

I'm missing all of YOU

(写真上下:シャレーにはなんとマリア様がいらっしゃいました。滞在中は朝晩お祈りができました。いや〜まだまだこんな静かな場所があるとはびっくり
私が唯一のアジア人
Dolce far nienteには最適の場所でした
この後の旅については、次の日記で。)






私の両親には私が本当に小さい頃から、泣いている理由や何が嫌なのか?
どうしたいのか?という自分の考えや意見を言わされました。
きちんと説明できるまで母は何度も私に質問し、「あ〜それはあなたのおもちゃを返さないTちゃんが悪いわね。分かった。返してもらいましょう。」と私の手を取り、Tちゃん家に行き、おもちゃを取り返してくれた時には、母を頼もしく思い、「ママがいれば怖いものなし」と子供心に思ったものでした。ある時には、「なんで年下のKちゃんを泣かしたの?ママにちゃんと説明してちょうだい」、「あ〜それはあなたが悪いわね。さあママと一緒にKちゃんにちゃんと謝りに行きましょう」とKちゃん宅に行き、背中を押されてKちゃんに謝らされたことは今でも覚えています(ちっちゃな頃から、お礼やお詫びは当然ですが、ほとんどの事は「あなたのことなんだから「自分の口でちゃんと言いなさ〜い。」と耳に胼胝ができるほど言われましたっけ〜
)

しかし中学、高校に行くようになってからは、母の私への対応は変わりました。
何かを相談しても、「(仲良しの)AちゃんやBちゃんには相談したの?CちゃんやDちゃんにも相談してみなさいよ〜。」と何故か外へ外へと背を押されました。
大学時代彼氏のことで悩んでいたら、「ママにそんなこと言われたって、ママの彼氏じゃないから分かんないわ〜。それにあなたが選んだ彼氏でしょ
ママが頼んで付き合ってもらっているわけじゃないんだから、嫌ならヤメなさ〜い。」とさらりと言っていました。今になると、本当にその通りだと思います



私はそれから、親に愚痴を聞かせる、相談するということは無駄と思い、一切やめました。
そこで私を助けてくれたのは、私の周りの人達、他人様でした。
しかし何年か前、40歳を過ぎて子供を産んだ友達が我が家に赤ちゃんを紹介しに来ました。
泣いても放っているし、「Mizkoさん、ちょっとあやしてやって」、私の家族に「ちょっと抱っこしてやって」と言って自分は動かない。
そこでの彼女の一言…「私はこの年でこの子を産んで、この先妹や弟を作っては上げられない。それに自分の歳を考えると、若いお母さんよりもこの子の側にいて上げられる時間はずっと少ない。この子はいつか一人になるんだから、今からどんどん色々な人に馴れさせて、たった一人でも他人の中でしっかり生きて行かれるようにしないとね。」
私が中学生くらいになると、「あなたは私にこうして(悩みを)言ってくるけれど、私がいなかったら一体どうするの?私はあなたのそばにはずっとはいて上げられないのよ。」と私の顔をじっと見て母は言っていました。友達の言葉を聞いた時、この母の言葉に重なりました。
しかしその時の私は、親の心子知らずで、「なんて冷たく、寂しいことを言うんだろう。」と思っていたのです。

そして母は逝ってしまいました。
「一人っ子」は親が亡くなれば、当然ながら一人になります。
両親が亡くなって、本当に「一人っ子」の意味を実感し、他人様の中で生きる力の大切さを知りました。一人になって今年で丸20年。私にとっては特別なバースデーでした。
そしてこの20年本当にたくさんの他人様に助けて頂きました。
そうしたお力添えがなければ、今の私は存在しません

私を笑顔にしてくれたあなた、親身に話を聞いてくれたあなた、辛い時には黙って私に寄り添ってくれたあなた、どんなに悩んでいる時でも「心配しないで!大丈夫」と助けてくれたあなた……
と同時に、こうした私の未来を見据えて、他人様の中に入って行けるように私の背を押してくれていた母に感謝の気持ちを送りたいです。
同時に、前回お話ししたおもてなしの仕方と同じで、決してしゃしゃり出ず、見守る親心も感じました。
それと…「冷たいママだなんて思って、ごめんね。親の心子知らずでした
」

そして小さい頃から「どんな小さな子供でも、自分の考えというものは持っている。Mizkoにはそれをちゃんと言わせるようにしなさい。親もそれをきちんと聞かないとダメだ。」と母に言ってくれた父にも感謝しています(母も耳に胼胝ができるほど父に言われたそうです
)。
(写真右:バースデーには、近くの村の教会のマリア様にお祈りに

新居もまだ落ち着きませんが、生活環境も新しくなり、日々たくさんの出会いや新たなチャレンジがあり、「どんなに歳を重ねても学びには終わりがない
ぼんやりしちゃいられな〜い
」と実感する日々です。


これからも色々なことにチャレンジして、学んで行きたいと思います。
歳ばかり重ねてまだまだ頼りないMizkoですが、これからもどうぞ宜しくお願い申し上げます
