やっと落ち着いた東京よりFrohe Weihnachten !

December 21, 2019

Mizkoを変えた一言

(写真:この時期地元人としては、表参道の人混みにはうんざり地元人Mizko流人混みに合わないお散歩。紅葉も独り占め芸能人のお参りで有名な赤坂豊川稲荷。色々な神様がいらして見所満載な割には、それほど混んではいませんでした。融通金をお返しして、改めて融通金を頂きました。隠れ家的なカフェも独り占め表参道のイルミネーションは皆さんがお帰りになった頃に静かに楽しむ

私はいくつかの外国語を話す。IMG_8225
言語によって、挨拶程度からその言語を母国語とする人達と喧嘩が出来るほどのレベルまでと様々ではあるが…。

この多国語を学んで来たのは、元々語学が好きな事もあるが、ある人に言われた一言が私に火を点けた
その人は、数年前にFacebookで私を見つけ、何十年ぶりに連絡をくれた。
IMG_8228
その人は私より年上のお姉様。
遠い昔六本木ディスコタイムを一緒に過ごしたお仲間だ。

当時憧れのニューヨーク暮らしを終え、またニューヨークに戻る為にVISA待ちをしていた。
同時に外資系の会社のトップの秘書をしていて、バブル期と外資系ということで、今の若い方には申し訳ないほどのお給料を頂いていた。

働くなら外資系
場所は東京丸の内IMG_8236
外国ならアメリカ、ニューヨーク
仕事着はラルフローレンやカルバン・クラインのスーツ
そんな夢を持っていて、それを叶えていた。

表参道に住んでいて、踊りに行くとなると、新宿、赤坂、六本木となり、新宿はキライ、赤坂はたま〜にと絶対的な六本木派であった。

この時にご一緒したのが、このお姉様IMG_8232

仲間も沢山いて、金曜日の夜にはみんなで集まって、朝まで踊った
それも細いピンヒールで

そしてこの仲間が凄かった
女子が10人位いたが、全員が流暢な英語を話し、仕事を聞くと皆エリートだった

しかしそれだけではなかったIMG_8246

そんなある日お姉様が私に言った。
「Mizko、私達の中で英語を話せるのは当たり前これからは2カ国語は話せるようにならなきゃね〜」

そこで改めて私のディスコ仲間を見渡してみると、既に二ヶ国語目を話していたフランス語、スペイン語、ポルトガル語、中国語など。

ニューヨークの学校では褒められることもあり、そこから帰って、丸の内にある外資系で働き、ラルフローレンのスーツを着て、英語が出来ることに甘んじていい気になっていた私がいたIMG_8248

しかし私も第二外国語をやっていなかった訳ではない。
高校、大学と第二外国語にフランス語を選び、その成績も悪くはなかったが、あくまでもそれは学校での事、役に立つレベルではなかった上、私自身が第二外国語の必要性をあまり考えていなかった。

早速お姉様に相談した。
「今またフランス語は勉強する気になれない。何語を勉強したらいいかな?」
お姉様は、直ぐに「(ご自分が勉強している)スペイン語をやったら?スペイン語は世界の多くの人口が話すから。」
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お姉様の一言で私は目覚め、直ぐにスペインを猛勉強し始めた
私だけが英語だけで満足しているわけにはいかない
夢中で勉強して、中級上くらいまではトントン拍子で進み、それで仲間と同じレベルになれた気がした

あれからの私の人生で、沢山の語学を学んで来た。
勉強時間3時間でギブアップした言語を入れれば()かなりの言語に関わって来た。

学校や親や親戚に色々なことを教えてもらって来たが、他人様にもホントに色々な事を教えて頂き、今のMizkoがいる。

先日お姉様とのディナータイムには、懐かしの六本木ディスコタイムの話で盛り上がった

しっかり仕事しIMG_8319
しっかり学び
しっかり遊び
しっかり恋して
しっかり旅して
(その頃からMizkoは旅人でした
充実したMizkoの六本木ディスコタイムだった

IMG_8321ディスコで楽しく遊ぶだけではなく、私に大きな刺激を与え、成長させてくれた、IMG_8356
仕事も勉強も優秀な仲間達との出会いには本当に感謝している

最後にお姉様へ
あの一言を本当に有難うございます

El que la sigue la consigue



madame_mizko at 22:52│Comments(0) 日本にて 

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