遂にお答えします!何故Mizkoがアフリカに学校を建てたのか?一日本人で、それも一般人で、その上女性の私がタンザニアに学校を建てるまで Part 2『初めの一歩』

January 17, 2015

一日本人で、それも一般人で、その上女性の私がタンザニアに学校を建てるまで Part 1 『決心した瞬間』

1月17日…阪神大震災から20年目の今日…
改めて犠牲者の皆さんのご冥福を心からお祈り申し上げます。
一瞬にして愛する方を失ってしまった皆さんの大きな悲しみは計り知れません。
この日のことは日本人として決して忘れてはいけない、風化させてはいけませんね。

それは13年前の4月のある日のこと……。
闘病の果てに、近く母が逝ってしまうことは重々覚悟はしていたものの、目の前にいる母が今にも消えてしまうと思うと恐ろしくて悲しくてやり切れない時でした

ベットに横たわる母の側で、ふと心に湧いて来た事がありました
それまでに一度も考えたこともないような事が私の口から飛び出しましたIMG_5385

「私…いずれママがいなくなったら、ママの名前でアフリカに学校を建てるわ

笑顔もすっかり消えた母でしたが、その時は満面の笑顔で、
「あら〜良いわね。そうして頂戴。」
その最後とも思える母の笑顔で、私は心を固めました

それから間もなく母は逝きました

瞬時に私の心に浮かんだことで、それをそのまま言葉にしたことでしたが、決してその場凌ぎの口からでまかせではありませんでした。
これが私が「アフリカに学校を建てる」と決心した瞬間です

(写真:去年私のネイル担当のはなこちゃんに、『Mizko、豪華な女性と女子会』とお題を出したら、マリリン•モンローとオードリー•ヘップバーンを爪に描いてくれました周囲に大好評でした
はなこちゃ〜ん有難う

madame_mizko at 11:15│Comments(0)TrackBack(0) 日本にて 

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