ドイツ国際平和村訪問 愛しくて、切なくて…Part 2Mizkoのイタリア滞在ビザ更新奮闘記

July 19, 2013

ドイツ国際平和村訪問 愛しくて、切なくて…Part 3最終回

Part 2の続きです。27-18

(今回の写真は、ミラノドゥオーモ内です私はキリスト教徒ではありませんが、神聖な気持ちになれるので、海外では教会によくお祈りに行きます。そしてこのドゥオーモにも。マリア様とイエス様には必ずロウソクを捧げます。)

世間には「争いのない国」に「健康で生まれて」、「教育を受け」、だれにも強制されたわけでもなく、「自分の意思で選んだ生き方」をし、ある程度「何不自由なく」「雨風凌げる暮らし」をしていても、不満を持ち、なんだかんだと文句を言って暮らしている人も少なくはありません。

私の旅は、決して美しい場所を求めただけの旅ではなかったので、沢山の旅を通して、沢山の人々と出会い、上記の「」内のことがどれだけ有り難いことであるかを思い知らされました。
27-17
今こうして好きなように日記を書ける「表現の自由」があることも有り難いことです
東西に分裂していた頃の東ドイツでは、とんでもないその政治や暮らしにさえも批判すら一言も口に出せない時間を過ごしました。西側の新聞すらも持ち込みさせては貰えず、見付かると即、能面のような表情のない兵隊に没収されました反抗すればすぐに逮捕ですからね。(またその時の経験談も日記に書きましょう

さて平和村の子供達は生まれた環境が既に平和の無い国でした。または医療の発展のない国でした。
それもその子が生まれた時から死ぬまでその環境がほとんど変わることがなく、平和村での仕事は終わりがありません

27-16時間が過ぎ、私は平和村を去らなければなりません Milano
でも平和村の子供達は別れには馴れています。
ここを訪れる誰もはそうして去って行き、それ以前に子供達は祖国を離れ、親兄弟と別れて遠くの異国に来ている訳ですから

日本のものさしでは計り切れない今を生きている人達がこの地球上には沢山いるものです。

私は自分は日本人だという以前に地球人だと思っています皆同じ地球という星に生きる同胞…。
その同胞の自分と違った生き様をみて、どんなになんだかんだとあった人生にしろ、あれだけ泣き尽くした経験があっても、また心に平和が戻り、多くの方に支えられて、そしてこうして元気に今日を生きていられることに神様への感謝の気持ちは尽きません。
今自分が出来ることをしなければ申し訳なくてたまりません。

27-18そして彼らの姿は決して他人事ではありません。
たまたま今は日本という国に生まれて来れただけで、次に生まれて来る時には、どんな場所でどんな姿で生まれて来れるのかなんて分かりませんからね。

長い訪問記を最後までお付き合い下さり、本当に有難うございました
この日記を通して、Readerの一人でも多くの方が、Mizkoと一緒に彼らの心にも、いつか必ず本当の平和が来ることを祈って頂けたら幸いです
私は今既に、次回の平和村訪問に向けてある計画を決めました。
Mizkoのamoreは終わらない I never stop loving you

madame_mizko at 11:01│Comments(2)TrackBack(0) イタリアにて 

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この記事へのコメント

2. Posted by Mizko   July 20, 2013 06:45
たった一人の方にでも共感して頂ければ、私のやって来た事の価値を感じます。
たった一人の子供でも笑顔を見せてくれれば。私の生きている意味も感じます。
嬉しいコメントを心より感謝致します。有難うございます。
1. Posted by ハーモニー   July 20, 2013 04:07
5 評価の★の数が足りない程…読んで欲しいブログです。つい最近、戦前・戦中・戦後の貴重な体験談を、人生の大先輩からお聞きしたばかりです。私は、祖父母が生きている頃に何でもう少し、話しを、聞かなかったのだろう?と、思うのですが、祖父母は、あまり戦時中の話しを…今、考えますと話したくなかったのだと思います。祖父は、広島の原爆の投下直後に、兄弟を捜して歩いた話しを、暫く経って聞きました。が、あまり詳しく話してくれなかったです。そのドイツのお子さん達への思いが伝わって来ました。Mizkoさんの中で又新たに強く決意された事があるのですね。平和が一番ですが…戦争のない世界へ…戦争は、失う事ばかりですね。
お子さん達、Mizkoさんと楽しい時を、過ごされた事は、この先への良い思い出になってますよ。

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